物事の本質ってそんなに理解が難しいものなのかしら?

しばらく時事ねたっぽいものを追い続けてたんだけど。たまには別のものを書いてみるわ。一応あたしはSEでもあるのよ、ってことで。
事の発端は「オブジェクト指向」絡みのお話なの。いくつかの掲示板で議論を見たり、実際にリアルで議論を交わしていたりしているのよ、ここ最近。そしてそんなところをいくつも見て思うんだけど…あんた達、心の目が閉じきってるわね。処女の股のほうがよっぽどまだ開いてるわよ?
議論を見ていて多いのは「細かいことにこだわりすぎていて議論の本道から逸れていく」パターン。特に、細かい言葉の使い方にこだわりすぎていて、議論をしたい大元の話がそっちのけになっているのを何度も見ているわ。
どんなことでもそうなんだけど、大切なのは「本質を見抜く目」よ。それは言い換えれば「必要のないものを切り捨てていったときに最後まで残るものを見極める目」であり、「必要がないものを看破して切り捨てていくことが出来る」強い心だわ。
そして、ここで勘違いして欲しくないのは「必要なもの」っていう絶対的なものは存在しないっていうこと。必要なものっていうのは「その瞬間に必要であるとするべき」方向性であって、「神の如き絶対のモノ」ではないのよ?
見渡すと、多くの議論がそんなふうな「愚かな議論」に成り下がっているの。あたし達SEやネットワークエンジニアがこんな愚かなことをやっていてどうするのかしら? あたし達は頭を使うべき職業の一つなのよ? まぁおかげで貧弱な体格やたるんだ体格の殿方が多いのが残念なんだけど。
ネットワークを設計するときも、セキュリティ要件を考察するときも、システム設計のためのヒアリングをするときも、プログラムの組み方を考えるときも。常に「本質がどこにあるのか?」を真摯な態度で考えるべきだわ。贅肉で肥え太ったアイデアや発想や意見や発案を、ぎりぎりまで削り込んでいくの。削り込んで骨だけになって、そこからブレーンストーミングでもう一度贅肉をつけて、また削り込んで。
何度もそんな工程を繰り返して、どんな鋭い刃でも跳ね返せるくらい絞り込めたほそ〜い骨こそが「本質」っていうものだわ。
本質を瞬時に見抜けるっていうのは限りない修練が必要だわ。ならば、時間をかけてゆっくり見極めていって、訓練をしてしかるべきものなの。
本質を見抜けないボウヤたちに、あたしが素敵な言葉を一つ教えてあげるわ。この言葉の意味を徹底的に考えて御覧なさい。少し見えてくるものがあるかもしれないわ。


僕は負けることができる。勝たなきゃいけないところが分かったから。